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ピアノの才能ってなんだろう…

ピアノの先生のつぶやき, つぶやき

あの人には才能があるから…私には才能がないから…と、「才能」というワードに苦しむ人も多くいるのではないでしょうか。

ミャウジ
ミャウジ
才能が認められると、頑張れるってのはあるよなぁ。
才能って本来の出来る出来ないより、他者からの認知に比重があるように思うよ。
かずねぇ
かずねぇ

ピアノの才能ってどのようなものなのでしょうか。そして才能がないと悩む人は何に悩まされているのでしょうか。以下を見ていきましょう。


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音楽的才能があるとは?

音楽的な才能というのは、誰かに小さな可能性を見出され、鍛錬することによって作り出されていくものです。かの有名なギフテッドのモーツァルトも、その才能を発揮させる環境を父親が与えなければ今日のような伝わり方はしていなかったでしょう。

音楽の本質が分かるようになると実際に才能を感じる演奏をする人が世間一般で才能アリとされているかというと残念ながらリンクしていない場合も多く見受けられることが分かると思います。演奏が良いだけでは認知されないのが現実です。

才能があると言われる人には以下のような特徴があります。

  • 教室で先生に気に入られている
  • コンクールに入賞する
  • 有名校へ進学する
  • 有名な先生に褒められる
  • 世間に注目される
  • 他者が出来ない事が出来る

才能が認知されるために必要なこと

  • 音楽とは直接関係のない基本的なことが出来る
  • 人が手助けしたくなるような余白を作り出すのがうまい
  • 人に気に入られる
  • やり通す力がある
  • 積極的に人に売り込める
  • 運をつかめる

既に社会的認知度の高い学校や先生などとのコネクションを、自分の価値を上げるために利用する強かさを持っている人は、それも自身の才能の一つとして発揮しています。

何故才能の有無で苦しまなければならないのか

上記を見てもわかるように、才能の有無は他者からの認知によって成り立っています。

暴論を吐くと、有識者や権力のある人が才能があると言えば才能アリに、ないと言えばナシになってしまう事も起こってしまうのです。

つまり、人からの評価によって才能のアリナシというのは世の中に存在していて、人に気に入られたい、人より上に立ちたい、という部分にモチベーションがスイッチしてしまっていて、音楽をやりたい、ピアノを弾きたいという本来のモチベーションからずれてしまっているために苦しんでしまうのです。

まとめ

才能の有無は、有名な人や権力、発言力のある人によって作り出される傾向があり、時代が変わればその基準も変わります。しかし地道な努力を重ね世間の評価を得る努力をして認められる才能もあります。

どちらにしても人間には得手不得手があります。媚びを売ることを全く厭わない人もいれば、反吐が出るほど嫌な人もいるでしょう。自分の力で何とかしたいと頑張る人もいれば、使えるコネは何でも使う人もいるでしょう。

才能がないと嘆く人は、自助努力が出来ないという事を才能というもののせいにして諦める理由にしているに過ぎません。

自分がやろうと思ったことを、自分の出来る方法で継続する。それが結果的に世間に認知されれば才能があるという事になります。


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