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心をこめた演奏の3つの勘違い

演奏

心を込めて演奏しなさい、というアドバイスを受けることがあると思います。しかし心を込めるというのは目に見えないもので、基準もはっきりしてないため大変難しいことばです。

ミャウジ
ミャウジ
心をこめる…って?どうやるの?僕はよくわからないなぁ。
言葉に対するイメージに共通性を持ってたらわかるのだろうけど、具体性に欠けた表現だから難しいよね。
かずねぇ
かずねぇ

抽象的な表現であるからこそ勘違いしてしまうのでしょう。勘違いした心を込めた演奏とはいったいどういうものなのでしょうか。以下見ていきましょう。


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感情の赴くままに演奏する

感情というのは、出し方によって大変稚拙とされるものでもあります。

例えば、アニーの子役は「感情の赴くまま」に演じる事が、とても子供らしい表現で素晴らしいと言われています。これは子供という役だから成り立つことです。

発表会などで子供による子供らしい演奏は「感情の赴くまま」で良いのでしょう。しかしクラシック音楽というのは殆どが大人が楽しむために書かれているため、子供らしい演奏よりむしろ大人っぽいとされる演奏に評価があります。そして大人な表現には、音楽や芸術に共感はすれどどこか冷静である部分が必要です。

そして

「感情の赴くまま=自由な表現」

と勘違いしている人も多くいます。とても自由奔放にルバートたっぷりの演奏というのは、実のところ演奏者側は冷静で論理的な構築をしたうえで表現をしているのです。

演奏というのは音で演じる事です。確固たる演奏の理論も存在するし、音楽がそう聴こえるようテクニックを駆使し、より効果的に聴衆に届ける手段です。気持ちだけでは何も伝わりません。

顔芸や身体の動き芸

聴衆の立場であれば聴こえてくる音楽に感情や気持ちを赴くままに動かすことは構わわないですが、表現する立場である以上、聴き手に伝わるように演奏しなければなりません。

音楽にシンクロして何某かを表現したいと思うけれど、それを表現するテクニックが足りず、顔や体の動きで何かを表現しようとするのは大変滑稽です。

動きの方ばかりに目が行ってしまい、そして音には全くなっておらず音楽はあまり伝わっていません。

自己陶酔

自分は気持ちを込めて演奏をしているという人の音は、実際にはそのようには聴こえていないことが殆どで、心を込めて演奏したということそのものにスポットがあたりがちで、音楽が伝わるものか良いものかはまた別です。

ナルシスト演奏は奏者のファンにはたまらないかもしれませんが、一般的にはあまり受け入れられるものではありません。

まとめ

心をこめるという事は、音楽に共感し、作曲者が伝えたかった事を音にして音楽がそのように聞こえるように表現することであって、箱に何かを積めるような感覚で、気持ちという目に見えないものを演奏に込めていくこととは違います。

共感した音楽を確かなテクニックで表現すると、結果的に聴衆がさみしい気持ちやうれしい気持ちになるだけであって、さみしい気持ちになったらさみしい音が出るわけではありません。

心を込めた演奏というのは、音楽に共感して論理的に理解し、それを表現することが可能なテクニックに支えられ、十分な練習を積んで表現した演奏のことなのです。

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